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2001年 日本大学芸術学部学部奨励賞 受賞作品

○ あらすじ
都内大学へ通う山口雄一(21)は家族・学校での人との関わりを避け、代わりにオンライン掲示板で出会った相手と愛のないSEXを繰り返す。その日も専門学校生・松本大地(23)と新宿のホテルへ向かう。
しかし、雄一は大地からHIVに感染している事を告げられるが、雄一は大地とSEXをしてしまう。感染に恐怖する雄一だが、彼をレイプしてきた相手を拳銃で撃ち殺してしまう。

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○ 登場人物
山口雄一(21)大学生
松本大地(23)専門学校生
森 大輔(22)雄一の同級生
相沢純次(23)大地の元恋人
雄一の母(47)
雄一の父(52)
小林  (22)雄一の同級生
吾妻  (21)雄一の同級生
遠藤  (21)雄一の同級生
サトミ (20)雄一のセックスフレンド
純次の母(58)
絵美  (19)森の恋人/美容師

男1~5 (20~30)
女1~4 (19~23)
チンピラ(15~19)
医者/事務員/管理人/台地の母/店長/
乞食/若い男/

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1 パソコン画面
ゆっくりと文字が打ち込まれていく。
画面「…こんにちはと王子様は言いました…こんにちはと五千のバラの花達が言いました…
王子様は大変さびしい気持ちになりました…」

2 新宿駅・南口(昼)
煙草やチラシやガム等がこびり付いた歩道を黙々と歩く群集。
その脇に…… 納品口に立つ仏頂面のガードマン。
リズムよくチラシを配るがことごとく無視されるメガネ屋のバイト。
なれなれしく若い女を勧誘する黒服。
路上で雑誌を売るホームレス達。
それを物色するサラリーマン。
ガードレールにもたれ談笑する若者。
×     ×     ×
煙草、誰かの足元に落ち、その足、吸殻を踏みつける。
足の持ち主・山口雄一(21)、駅ビルのガラス戸にもたれ、何気なく人混みに目線
を泳がせている。
と、雄一、携帯電話を取り出す。
携帯電話のディスプレイに名前・電話
番号、次々と表示される。
シャトルを連打する雄一の指、「サトミSF」の所で止まり、「発信」ボタンを押す。
呼び出し音、鳴り渡り、

雄一「……あ、もしもし…分かる?…んん…そう…今からどう?……え?授業中?あっワリぃワリぃ……んん…また電話するわ…ああ……んじゃあね……(切る)」

雄一、間髪入れず他の番号にかける。
呼び出し音、鳴り渡り、

雄一「……あ、もしもし…分かる?………」

3 同・タイトル (俯瞰)
雑踏の中を幾つもの呼び出し音が混じり合って鳴り渡り、歩道にタイトル「sn090@shinjuku.com」と表示され、行き交う群集に踏まれていく。

4 コーヒー店・店内
マニュアル通りな内装のチェーン店。
客はまばら。
くぐもったBGM、店内に染み渡る。

5 同・(台地の主観)
テーブルを挟んで、今時な男1(22)
と向かい合う松本台地(22)の視界。
台地の声「…いえ…あの…専門学校です…」
深々と腰掛けている男1、ニヤつきながら身を乗り出して、

男1「結構さぁ…カワイイよね?」
台地の声「(苦笑)そうですか………」
男1「どういう系がさぁ…タイプなの?」
台地の声「(苦笑)…いや、得には……」
男1「彼氏ってさぁ…いないよね?…ね?立
候補しちゃおっかなぁ…オレっ(笑)」
台地の声「(苦笑)……」

6 女1の部屋・居間
雄一、ベッドに腰掛けて一服。
と、灰皿に何種類かのフィルターがあるのに気が付く。

女1の声「…結構…ひさしぶりじゃん」
雄一「え?…んん…」
女1の声「……彼女できたの?」
雄一「いねえよ……………あ、おまえは?」
女1の声「んん…イイ感じの人はいんだけどね…なんか彼女もちみたい……」
雄一「……」
女1の声「あ…名前、山口って言うんだね」
雄一「え?」
女1の声「ケータイにさぁ…「山口雄一」って出て…一瞬誰これ?って思っちゃった(笑)」
雄一「……」

女1(23)、半裸な姿で雄一の隣りに
座り、リモコンでTVを付ける。
雄一、タバコをもみ消す。

女1「………シャワーは?」
雄一「…いいわ後で…」
女1「……」
雄一「……」

雄一、女1を一瞥し肩に手をまわす。
女1、抵抗しないで、むしろ自分から
雄一にもたれかかり、ジーンズ越しに
雄一の股間を撫で始める。
雄一、コンドームを渡し、女1の頭を
下腹部に誘導する。

7 東急ハンズ・店内
カップルや若者で賑わっている。

8 同 (台地の主観)
足元に目を落としている台地の視界。
脇には男1がおり、バラエティグッズ
の陳列棚からアクセサリを手に取り、

男1「どうコレ?結構…イケてない?」
台地の声「(か細い声で)……あの……私…」
男1「え?なになに?オレの誕生日?え?聞いてないって?(笑)なになに?」

男1、台地に耳を近づける。

台地の声「(店内放送でかき消され)……」

と、男1、突然顔をひきつらせのけ反
り、台地をマジマジ見つめ、

男1「えマジで!…マジで言ってんの?」
台地の声「……」
男1「(苦笑)あそうなの……そうなんだ……」
台地の声「……」

男1、背を向け陳列棚の奥へ進む。
台地の視界、トボトボその後に続く。
と、男1、苦々しく振り向いて、

男1「(目を反らし)あオレ…ちょいションベン行って来んわ…あいいよここに居て…」

男1、言いきらない内に歩きだす。
男1、途中チラッと振り返るが、何もなかったかのように歩いて行ってしまう。

11 女1の部屋・居間
女1、ベッドに腰掛けタオルで頭を拭きながら携帯電話で駄弁っている。

雄一の声「(バス戸が開き)おいタオル…」

女1、今自分が使っていたタオルを洗面所の方へ放り投げる。
×     ×     ×
雄一、濡れたタオルを手にする。
タオルから滴が床に滴り落ちる。
女1のはしゃいだ声が聞こえてくる。

女1の声「(笑)なんでもないって…ただのネコよ…ネコネコ……え?そ、オスネコ(笑)…もう……あんただって人の事言えないでしょ(笑)知ってんだからね………」

12 東急ハンズ店内
男1、足早に階段を降りていく。
×     ×     ×
陳列棚に花瓶や灰皿やら小物が綺麗に
並んでおり、カップルがそれらを物色
しながら仲良さ気に歩いている。
と、男の方、誰かと肩がふれる。

男「あ、すみません…(通り過ぎる)」

背を向けたその女・(台地)、独りでポツンと立っている。

13 大学・講堂
初老の教師、学生の反応を気に留めず
独りでブツブツしゃべっている。
スカスカの教室の学生達、ほとんどが寝てるか、漫画を読んでいる。
×     ×     ×
雄一、同級生の森大輔(22)と最高尾の平机に並んで座っている。
森、退屈そうに、携帯電話を弄ぶ。
雄一、平イスに深く腰掛け茫然と黒板を眺めている。

森「…なぁ、前の時間…小林とか来てた?」
雄一「あ、オレさっき来てばっかし…」
森「何?またサボリ?もうすぐテストだぜ」
雄一「レポートだろ、なんとかなるっしょ」
森「甘えよ、出席点とかあんだぜ……」
雄一「んん…」
森「……(思い出し)あ、そう、なんかねえ
…今日飲み会あるらしいよ」
雄一「今日……?」
森「何、バイト?」
雄一「いや今日はないけど……」
森「何だよ、前もこなかったじゃん……今日は来いよ」
雄一「んん……でもテスト前じゃないの?」
森「(笑)なんとかなるっしょ」
雄一「(笑)……」

14 新宿・繁華街 (夜)
人通りが絶えない繁華街。

15 居酒屋・座敷
雄一、森、同級生の小林・吾妻・遠藤、ちゃぶ台を囲んで盛り上がる。

遠藤「……(笑)でな、昨日よぉ、電車ん中にさぁ、ちょーカワイイ娘いんだよ、オレ声かけようかかけまいか、かなり迷ったね…こういう場合…どうすればいいのよ?諦めるしかねえ?やっぱ」

森、真面目に悩んでる顔を取り繕い、

森「どうだろう…諦めるしかねぇかな…(雄一に)なぁ?」
雄一「ん?んん…」
小林「あるよ」
遠藤「何?」
小林「尾行(笑)」
遠藤・吾妻「(笑)」
小林「あんまし?」
遠藤「まぁ~OK」
吾妻「(笑)……ちょっと話かわるけどさぁ」
小林「(顔をしかめ)えぇ~変んの?」
吾妻「(笑)すみません、いいスっか?」
小林「まぁいいや(笑)言うてみ」
吾妻「(笑)…今ヤバイんだよ!…女の5人に1人がクラジミア持ってんだよ!」
遠藤「何?ビョーキ?」
吾妻「んん、もうオレ怖くてインポになっちゃうね……」
森「ああ…そうなんだ…気を付けよっと…」
小林「おめぇら甘い!ホントおこちゃま!」
遠藤「何で?(笑)」
小林「(ぼそっと)ボク貰いました…」
一同「(笑)」
小林「でな、よ~く聞けよ…オレの経験からいって…口が腐った魚の臭いのする娘はマジで御用心!コレホント、マジだから!」
一同「(笑)」
雄一「……(森を見る)」

森、雄一の視線を感じ一瞬見返すが、
そのまま何もなかったかのように話し
の渦中に戻り笑い続ける。

雄一「(目を逸らし)……」

16 新宿・繁華街
雄一、独りで歩いている。
と、携帯電話のバイブレーションが振動し、
雄一、通知先を見る。
×     ×     ×
雄一、森と並んで歩いている。

雄一「……」
森「…みんなさぁ…不安なんだよ…」
雄一「ん?」
森「だから何つうの?居場所?…自分がさぁ、どっかに引っかかってないと…」
雄一「……」
森「だからまぁ…雄一もさ、付き合いだと思ってよ…な?」
雄一「……」
森「な?」
雄一「…オレがいてもいなくても同じだろ」
森「…なら…もっと自分を出せばいいじゃねえか……それとも他にあんのか?」
雄一「……」
森「(顎でしゃくり)ほらさぁ…ネオンだって…他よりテカテカ目立たないと…誰もよってこないじゃん…」

雄一、周りを見る。
ふと、そのまま頭上を見上げる。
森、雄一の視線を追い、

森「星もそうよ…ピカピカ光んないと誰も見てくんないだろ……」
雄一「(笑)…」
森「なあ、だから……」
雄一「だから気の利いた小話…言えってか?」
森「(苦笑)まぁ…雄一はそんなキャラじゃないからな…」
雄一「(苦笑)何だよそれ」
森「(苦笑)」

17 東京郊外・団地街
団地脇の歩道を青白い街灯が心もとな
く照らしている。

18 雄一の実家・ダイニング
雄一の母、懸賞の葉書を書いている。

19 同・書斎
その左手の吹き抜けの書斎で雄一の父、
背を向けて原稿を書いている。

20 同・ダイニング
雄一、顔を出し、そのまま自室へ向か
おうとするが、母、振り返り、

母「あらおかえり、遅かったわね~今日アルバイト?」
雄一「んん……あ、飯いいよ」
母「あらなんで、せっかく作ったのにぃ…」
雄一「いいよ…明日食べるから…」
母「そぉお」

雄一、台所脇の自室の戸を開ける。

母「あ、お風呂沸いてるから入りなさい…」
雄一の背「んん…」
母「あ、雄ちゃん…」
雄一の背「(立ち止まって)ん?…」
母「折りたたみ自転車とすき焼きセット…どっちがいいかしら?」
雄一の背「(舌打ち)どっちでもイイよ…」
父の背「……」

21 同・雄一の自室 (時間経過)
風呂上りの雄一、首にタオルをかけて深々とイスに座り、パソコンと向かい
あっている。
パソコン画面に出会い関連のHPがピンク地に白字で映し出され、スクロールしていく。
雄一の手、小刻みにマウスを操る。

画面「…6月8日・東京・チサト・18の女子高生で~す☆今彼氏と別れてブルー入ってま~す☆25位までのイケメンで一緒にオールでパラパラ…6月9日・東京・無印 156×47×23です カフェや代官山や裏原で遊べる次のキーワードに当てはまる人…スターバックス…ガレージハウス…」

等のメッセージが淡々とスクロールしていく。
と急に、画面、静止する。
雄一、座り直し、画面を凝視し、あるメッセージを目で追う。
×     ×     ×
画面上の「メール送信中」の青いゲージバー、その幅をゆっくり着実に広げていき、「メッセージは送信されました」と表示。

22 黒味
唸るようなパソコンの起動音、停止。

23 大学・校舎
校舎頭上の青空にチャイム、響き渡る。

24 同・廊下
学生達、ガヤガヤと教室から退室する。

25 同・教室
2・3人の学生がまだ残っているが、
やがて出ていく。
×     ×     ×
窓際に雄一、独りで一服している。
×     ×     ×
眼下の中庭に学生達が行き来し、ベンチでは談笑しながら昼食を取っている。
その中に森、独りで歩いている。
×     ×     ×
雄一、森に気付き、手をあげ呼びかけようとするが、思いとどまり、煙草を窓枠の溝に押し付けて、携帯電話を取り出す。
×     ×     ×
森、顔見知りらしい学生に会い、楽しそうに立ち話を始める。
×     ×     ×
雄一、その様子を見下ろしている。

26 同・教室 (時間経過)
無人の教室。
外から学生達のざわめきが聞こえる。
雄一、平机に寝そべっている。
と、腹の上の携帯電話、振動する。
雄一、携帯電話の通知先を見る。
×     ×     ×
携帯電話のディスプレイ「チャクシン サトミ SF」と発光しながら表示。
×     ×     ×
雄一、そのまま腹の上に戻す。
振動、7コール目で止まる。
それを機に、雄一、立ちあがる。

27 大学・中庭 (夕方)
地べたに置かれたラジカセからHIPHOPが流れている。
それに合わせ校舎のガラス戸に向かい合いダンスをする学生達。
その中に森、混ざって踊っているが、時折ワンテンポずれ、そのたび隣りの後輩からレクチャーを受けている。
×     ×     ×
後方の三脚にのったハンディカメラ、そんな練習風景を撮影している。

新宿

28 新宿・地下街
途絶える事のない人の流れ。
様々な柄のネクタイ、地味な生地に映えて自己主張する。
断続して通り中央に立ち並ぶ支柱に貼られたビールの広告、何処までも続いているようだ。
×     ×     ×
雄一、ショーウインドケースにもたれ、行き交う群集に目を泳がせている。
と、雄一の携帯電話、振動する。
が、通知先を見て、そのまましまう。
雄一、諦めた様に流れに身を置く。

29 新宿駅・私鉄線プラットホーム
雄一、電車を待つ列の中にいる。
と、雄一の携帯電話、振動する。
雄一、通知先を見る。
×     ×     ×
携帯電話ディスプレイ、「090―××××―……チャクシン」とアドレスにない新規の番号を表示。
×     ×     ×
雄一、列から抜け、電話に出る。
と同時に、電車が駅に滑り込み、雄一の姿、見えなくなる。

30 同・構内
雄一、足早に歩いている、と、再度、携帯電話が振動する。

31 同・階段最上部
駅構内入口と地下のショッピングモールをつなぐ階段、人々が行き交う。
×     ×     ×
雄一、階段最上部の右隅に座っている。

32 同・階段最下部 (台地の主観)
台地の視界、階段と並行するエスカレーターを漂うように見上げる。
視界の右上に雄一がいるが、台地の焦点、雄一を捉えない。

33 同・階段最上部 (雄一の主観)
階段下の踊り場、人々が入り乱れる。

34 同・階段最下部 (台地の主観)
台地の視界、階段・エスカレーター・その脇のショッピングモールへとゆらゆら泳ぐ。
と、ガクンと足元に落ち、脇から携帯電話を持つ台地の手が現れ、「リダイヤル」
ボタンを押す。
そして再び、階段を漂う。
呼び出し音、くぐもったように響く。

35 同・階段最上部
前ぶれなく携帯電話が振動し、雄一、通知先を見て、受信する。
雄一「…はい……」

36 同・階段最下部 (台地の主観)
泳ぐ台地の視界。

台地「あ……もしもし……分かりますか?」

37 同・階段最上部
雄一「あ、はい…分かりますよ…」

38 同・階段最下部 (台地の主観)
台地の視界、右上の方に小さく見える、携帯電話を手にし座っている男(雄一)に段々焦点が合ってくる。

台地「…あの…もしかして……階段に座っている…人ですか?…」

39 同・階段最上部
雄一、「えっ」と辺りを見まわし、
雄一「そ、そうだけど……」

40 同・階段最下部 (台地の主観)
台地の視界、雄一から反れ、

台地「……階段の下……柱の前にいるのが…そうなんですけど……」

41 同・階段最上部
雄一、目を凝らして階段下の行き交う人々を見つめる。
雄一「…柱?……」

42 同 (雄一の主観)
ショッピングモールへと続く階段下の踊り場にそびえ立つ支柱の前に、携帯電話を持つ黒いシャツの女・台地、声の持ち主とは一致できない程、人々に紛れ、ぽつんと立っている。

雄一「……黒いシャツの……人ですか?」
台地「(…んん…そう……)」
雄一「……」
台地「(…もし嫌なら……別にいいよ…)」
雄一「…いや…別に…んな事…ないけど…」
×     ×     ×
台地を見つめる雄一。
×     ×     ×
雄一を見ようとしない台地。
×     ×     ×
2人の間を人々が通り過ぎて行く。

43 新宿・駅前広場 (夜)
街路樹を囲むスチールの垣根に並んでもたれている雄一と台地。
お互い会話なく、行き交う人々に目を泳がせる。
×     ×     ×
雄一、手持ち無沙汰に一服しようとするが、煙草をきらしている。
台地、気づいて煙草を差し出す。

台地「コレ……よかったら…」
雄一「(目を伏せ)あ……ども…」

遠慮がちに受け取ろうとするが、乞食が先に近寄り、

乞食「ねえちゃん……オレにもくんない?」
台地、躊躇なく煙草を差出す。

乞食「あ、悪いねぇ…もう一本さぁ……ああどうもどうも……(雄一に)兄ちゃん邪魔したね(笑)…」

台地、会釈してその背を見送る。
雄一、そんな台地を見ている。
台地、雄一にも煙草を渡そうとし……
二人、始めて目を合わす。

44 ラブホテル・一室
部屋全体を囲むくすんだグレーの壁紙が囲み、黒いシーツのベッドがこじんまりした
部屋を陣取っている。
ベッドの向かい側のソファーで雄一・台地、距離を空けて腰掛け、シーツの皺を探しているかのように二人してベッドに目線を落としている。
×     ×     ×
雄一、台地の横顔をチラッと窺う。
が、台地、応えない。
雄一、再度窺う。
台地、雄一の視線を感じ、一瞥するが、すぐに戻してしまう。
雄一、一旦目線を戻し、再び目線を投げ、さらに手を台地の手の甲にのせる。
台地、体が動かない。
雄一、拒絶しないのを見計らって台地の脇に座りなおし肩に手をまわす。
台地、なされるままに任せる。
雄一、肩に腕をまわし引き寄せる。
台地、雄一の腕の中で俯いている。
×     ×     ×
雄一、手を台地の背にまわしたまま腕時計の液晶を発光させ、時間を確かめる。
残り1時間。
×     ×     ×
雄一、手を緩め、口付を迫る。
が、台地、はぐらかして立ちあがる。
雄一、バツが悪そうに俯く。
台地、何か言おうとするが言葉が見つからない。

台地「……」
雄一「……」
台地「…(苦笑)私……シャワー…浴びてくるね…」
雄一「……んん……」

45 同・洗面室
薄ピンクのタイルが敷き詰めるバスルームでシャワー、湯気を上げ勢いよく噴射し、激しくバス底を打つ。
そのすぐ横の防水カーテンで仕切られた洗面部分で台地、便座の上で膝を抱え込むようにしゃがんでいる。

46 同・ベッドルーム
雄一、ソファーに腰掛けている。
と、台地のタバコを見つけ、勝手に拝借し、一服、が、強過ぎてムセる。
雄一、タバコの銘柄を確かめる。
見慣れない洋物だ。
シャワーの音、くぐもって聞こえる。

47 同・ベッドルーム (時間経過)
バスローブをまとった二人、ベッドに腰掛けている。

雄一「……(台地を一瞥し)帰ろっか……」
台地「………んん…」

そうは言うものの、立ちあがろうとしない二人。
×     ×     ×
雄一、台地を一瞥しゆっくり押し倒す。
台地、反抗しないが思いつめている様。
重なり合い、間近で向かい合う二人。
雄一、さらに顔を近づける。
が、台地、顔を背ける。
雄一、ふとためらうがそのまま台地の首筋に顔を埋める。
首を傾げ、壁に目を落とす台地。
雄一、台地のうなじを愛撫する。
台地、ビクっと体を震わせ、

台地「……カバン……取って……」

雄一の後頭部、ピタっと止まる。

雄一「(顔を上げ)え?……ああ……」
雄一、ソファからカバンを持ってきて、渡そうとするが、
台地「(横に臥せたまま受け取らず、)中…見て……」

雄一、「え?」と思うが言われるままベッドに腰を降ろし、ジッパーを開け、
遠慮がちに中を覗く。
×     ×     ×
こじんまりした鞄、中には筆記用具の他に、透明のプラスチックケースが入っており、かなりの数の色とりどりな薬剤が透けて見える。
×     ×     ×
雄一「……え?…何?…」
台地「(臥せたまま)……」

雄一、何だか訳が分からないまま、再び中を覗き込む。

雄一「(薬が気になり)風邪…引いてんの?…」
台地「……」
雄一「……」
台地「……」
雄一「……(事情を察しハッと台地を見て)!」
台地「……」

雄一、動けない。
台地、雄一の視線をヒシヒシと感じながら横たわり、壁に目を落とす。
×     ×     ×
台地が畳んだと思われる雄一と台地の衣類、綺麗に重なりソファーに置かれ、足元には二人のスニーカーがピッタリと揃えられている。
×     ×     ×
汗が浮かんだ雄一の首筋。

雄一、台地から目を逸らし、動揺を隠そうとするがうまくいかない。

雄一「オレ……(次が出ない)」

台地、そんな雄一を見て確かめて、諦めた面持ちで静かに微笑む。

台地「……(苦笑)ゴメンね……」
雄一「(ハッと台地に目をやる)……」

台地、雄一に無理しないでとでも言うように微笑みかける。
二人、見つめ合う。
一定のリズムで吐かれる雄一の呼吸。
台地、雄一からゆっくりと目を離す。
と急に、雄一、台地に被さる。

台地「ちょっ!…(止めさせようとする)」

が、雄一、台地を激しく求める。
×     ×     ×
雄一を退かそうとする台地の手、しかしやがて、
大人しく雄一の背中に置かれる。
×     ×     ×
リズムよく軋むベッド。
押し殺したようにうめく台地の声。
途切れ途切れ断続する雄一の呼吸。

48 同・ベッドルーム (時間経過)
台地、静かにベッドに横たわっている。
×     ×     ×
扉の隙間から一筋の明かりが漏れ、シャワーの
音がくぐもって聞こえてくる。

49 同・洗面室
激しいシャワーに身を置く雄一。
雄一、ふと股間に手をやる。
雄一、その手をかざして、こねる。
ヌルッとした台地の分泌液が付着。
雄一、懸命に股間を洗う。
と、その手を止め、

雄一「(苦笑)やべぇな………何やってんだオレ……」

50 同・洗面室 (時間経過)
湯気で曇ったミラーキャビネット。
シャワーヘッド、水を滴らせる。
雄一、茫然自失な表情で深々とバスタブに横たわっている。
×     ×     ×
と、洗面室のドアがゆっくりと開く。
台地が顔を出し、雄一を見つめる。
×     ×     ×
雄一、応えないで、バスタブに横たわったまま宙
を眺めている。
台地、歩みだし、そして便座にゆっくりと腰を降ろす。
雄一、台地の存在に対して何の反応を見せず、魂が抜
けたような面持ち。
台地、かける言葉がなくうなだれる。
×     ×     ×
雄一「(ぼそっとシャワーヘッドに向かい)…ほんとなの?……」
台地「……」
雄一「……冗談だよ…冗談に決まってるよ……エイズな訳ないじゃん(苦笑)……」
台地「……」
雄一「なぁ…嘘だろ?嘘って言ってくれよ!」
台地「……何で抱いたの?……」
雄一「何で抱かれたんだ!……」
台地「……」
雄一「……」
台地「……」

その時、バスタブからはみ出た雄一の手、何か縋りつくモノを求めるように台地に弱々しく向けられる。
人差し指、台地の手を引っ掛ける。
台地の手、躊躇う。
そのまま雄一の手、構わず台地の手を強く握りしめる。
×     ×     ×
目を合わさず静かに手を握リ合う二人。

51 歩道 (夜)
雄一、独りで歩いている。

52 プラットホーム (夜)
台地、ホーム外れに立ち、ある一点を見ている。視線の先には公衆電話。
台地、何気なく受話器を上げる。
と、ディスプレイに笑顔の女が表示され、受話器を置くと電子音で「ありがとうございました」と深々とお辞儀をする。台地、それを何回か繰り返す。

53 森のアパート・居間
R&Bが流れている。
ポスターが至る所に張られ、服がそこらに四散し、変色したシートを覆ったスノーボード・埃の被ったターンテーブル、粗雑に放置してある。

森の声「……何やってたの?…んん?……あホントに?…俺も今日練習でさ…ガンバっ
ちゃったよ……あ、今日さぁ…電車ん中に超カワイイ娘いてさぁ(笑)……」

ビデオデッキ、外部コネクターをビデオカメラに接続して作動している。
×     ×     ×
森、マットレスにもたれシーリングライトのヒモをデコピンしながら誰かに電話している。

森「……え?付き合えばって…そうじゃなくて…あのだから…俺には絵美しかいないっ
て……え?……まぁそうだけど……いやだから一日の報告はちゃんとしなきゃ…義務じゃん……それは言うなよ…俺の声聞いたら元気でるって…え?……まぁまぁ分かるけどさぁ(苦笑)……明日?何時位?……分かんないって普通一時間はするよ…ん?
…ああゴメンゴメン(苦笑)……」

54 歩道
雄一、トボトボ歩いている。
と、前方からエンジン音が近づき、雄一の脇をバイクが通り過ぎていく。
雄一、縋りつくような顔で見送る。
×     ×     ×
街灯や歩道脇の民家から漏れる明かりに灯された歩道、所々闇に侵され、真っ直ぐ延び渡り、その中をバイクのテールランプが段々と闇に溶けていく。

55 台地のアパート・玄関
真っ暗な玄関。
くぐもったTVの音が聞こえてくる。
と、錠を外す音がし、軋んだドアの開く音と共に光がさし込み、台地が入ってくる。
ドアが閉められ、再び暗闇。
台地の足音、奥へ進む。

56 同・居間
TVに照らされたほとんど薄暗い居間。と、TVが消され、暗闇になる。
ブラインドからさし込む月光が、ぼんやりと室内に染み渡る。
と、据え置きの電話が鳴り響く。
うっすらと見える台地のシルエット、出る気配を見せずベッドに倒れ込む。
枕に埋まる台地の顔、月光に浴び青黒く反射する。
呼び出し音、途切れ、留守録に変わる。

57 あるアパート前の歩道
雄一、アパートの前に立ち止まり、2階辺りを見上げる。

58 同・廊下(外)
雄一、アパートの廊下を歩いている。
雄一、あるドアの前に立ち、呼び鈴を押す。

59 台地のアパート・居間
真っ暗な居間。
部屋にブザー、鳴り渡り、やがて沈黙。
ベッド脇の間接照明の明かりが付き、
小奇麗な部屋の輪郭が浮かび上がる。
再度、ブザー、鳴り渡る。
天井を眺めている台地、仕方なく立ちあがって玄関へ向かう。

60 あるアパート・廊下(外)
ドアの前に立つ雄一。
と、錠のはずれる音がし、ドアが開き、森が顔を出す。

森「おお…おまえか……何だよ……」
雄一「……」
森「……まぁ上がれよ(奥へ引っ込む)」

雄一、後に続く。

61 台地のアパート・玄関/台所
台地の背、玄関から居間へ向かう。
その後ろをアロハシャツの男・相沢純次(23)の背が続く。

62 森のアパート・居間
雄一、呆然と立ち尽くしている。
森、ビールを手に雄一の背に立ち、

森「(脇から一本差出し)ん!………おい」
雄一「ん?…(振りかえって気が付き)ああ
……(受けとる)」

森、マットレスに寄りかかり、プルタブを開け
うまそうにビールを飲む。
雄一、ビールを手に立ち尽くす。
森、いつまでもつっ立っている雄一に気付き、

森「何やってんだよ……」
雄一「ん?……ああ……」

雄一、森に背を向けしゃがみこむ。
森、首をかしげる。

63 台地のアパート・居間
台地、床に座り、雑誌を読んでいる。

純次の声「ビールねぇの?…用意してけよ…」
台地「……」

純次、居間に現れ、台地の机の引き出しを勝手に開け煙草を取り出す。
ついで財布から一万円をくすねる。
と、純次、留守電に気がつき、勝手に再生ボタンを押しベッドに腰掛け一服。
台地、気にしない素振りを装う。

純次「まいったよ全然ダメ、みんなスカしちゃってさぁ…嫌になっちゃうよ(笑)……あ、風呂上りにアレやって、耳掻き…あ、どうしよっか…やっぱビール飲みたいわ…終わったら行ってきて」

電話、巻戻しが終わり、再生OK。
台地、一瞬顔を強張らせる。

電話(台地の母の声)「…あもしもし…台地ですか?…お母さんです…そっちはどう?」
純次「(笑)(台地の声を真似て)『ヤリまくってま~す』」
電話「……忙しいの?……学校は夏休みあるんでしょ……お父さんも心配してるし…一
度帰ってきなさい……」
純次「(声を真似て)『合わせる顔がないので帰えれませ~ん』ってか(笑)」

台地、立ち上がり留守電を切る。
そして、元の場所に戻り雑誌を読む。

純次「(笑)あ怒った?怒った?冗談だって」
台地「……」
×     ×     ×
純次、煙草をもみ消し、おもむろに時計を外し、普段どおりにジーンズを脱ごうとする。が、思い出して、財布をまさって何かを探しだす。

純次「ねえなぁ…(引き出しを開け)どこ?」
台地「(無視を決め込む)……」
純次「おい、あるかって…」
台地「……」
純次「…ねぇの?ちゃんと用意しとけよ、できねぇじゃん」
台地「……」
純次「あ?…何だよ?」
台地「……」
純次「(笑)あれぇ…もしかしてあれかな?…
え?何?まだ怒ってんの?(笑)」
台地「……」

純次、台地に擦り寄り、猫なで声で、

純次「ねぇ~どうしちゃったのよぉ?」

純次、背後から抱きつくが台地、拒む。

純次「(驚き)!……あ?…」
台地「……」
純次「おい……」

64 森のアパート・居間
雄一の持つビール缶、霜を滴らせる。
雄一、俯いてあぐらをかいている。
森、マットレスに寝ころがり、ハンフリー・ボガードのポスターを乞うようにぼんや
り眺めながら、

森「……やっぱ女って手間かかんよな……」
雄一「……」
森「前はよ…合コン行くな行くなってうるさかったのによおう…何なんだよ……」
雄一「……」
森「(溜息)…切ねえなぁ…ちくしょう……こういう場合…ボギーはどうするのよ?」
雄一「……」
森「(溜息)どっかにさぁ…ジュリエットルイスみたいにこうムチムチで…
ジョディ・フォスターのようにインテリでさぁ…な?後ココが重要なんだ
けど…メリル・ストリープみたいに叱ってくれそうな娘いないかな?(笑)」
雄一「……」
森「(笑)まぁ…内海師匠でもいいかな…」
雄一「……」
森「今のどうよ?アリ?使える?…ああ…あとね、ミヤコ蝶々でもいいよ(笑)」
雄一「………なぁ…」
森「んん?(笑)」
雄一「(どう話していいのか分からない)…」
森「……なに?…(茶化すように)え…恋の相談かぁ…しょうがねぇなぁ…
のってやるよ…言ってみ(笑)」
雄一「(ボソッと)オレ…死ぬかもしんね…」
森「ん?」
雄一「……(自分に言い聞かせるように)オレさぁ死ぬんだよ………
(吹っ切れ)死んじまうんだよ!」

森、雄一の取り乱しように唖然とする。

65 台地のアパート・居間
純次、半裸な姿で台地を見下ろし、

純次「…おい、恋でもしちゃったか?あ?そんな訳ねぇよな?おめぇみてぇなヨゴレ…誰も相手しねぇもんな……あ?違うか?」
台地「(床に目を下ろし)……」
純次「(しゃがんで優しい声で)なぁ…素直になれよ……俺みたいな優しい奴、
フツーいないぜ(笑)…」
台地「……」

純次、背後から台地の服に手を入れる。
が、台地、拒んで、純次を見据え、

台地「あなたが汚したんじゃない」
純次「…あ?……何言ってんの?…」
台地「(気まずそうに目線を避け)…」
純次「(台地を見ている)……」
台地「……」
純次「(ハッとし)!……」
台地「……」
純次「おめぇまさか…オレに染つしたんか?」
台地「……」
純次「どうなんだよ!…おめぇ…ゴムに穴開
けたんか?そうなんだろ!」
台地「………私じゃないよ……純次だよ……」
純次「ふ、ふざけた事言ってんじゃねぇよ!」
台地「……」
純次「(呼吸が荒い)……」
台地「…ねぇ純次……私さぁ…恨んでないから…純次の事…責めてないから…
だから…もう…来ないで……もう…終わりにしたいの……」
純次「(苦笑)な、何言ってんだよ…」

66 森のアパート・居間
雄一、膝を抱え込みうなだれている。
森、落ち着こうとして、

森「(苦笑)お、おまえ…マジで言ってんの?」
雄一「………」
森「…あそう……(苦笑)まぁ何があったか知んねぇけどよ……
俺もまぁ…色々あるしよ…なんつうか…お互いまぁ…大変だよな……つらいと思うけどな…まぁ前向きに行こうぜ…な?…きっとイイ事あるって」
雄一「…(ボソっと)そんなんじゃねぇよ」
森「え?…ああ…そうなの……じゃあ………って何で!俺が!そこまで面倒見なきゃなんねえんだよ!」
雄一「(ハッとし)面倒見るだぁ?何言ってんだてめえ!」

67 夢の中 (モノクロ)
雄一、列の中に並んでいる。
前から「次…次」と声がする。
列、1歩1歩前へ進む。
×     ×     ×
白衣をまとった男、イスに座り、列に並ぶ一人一人を事務的に選別している。
×     ×     ×
雄一、前から3人の所まで来た。

白衣の男「(一瞥し)…はい次……(一瞥し)次……次……」

雄一、白衣の男と向かい会う。

白衣の男、カルテに目を落として、間があってその目を雄一に向ける。

白衣の男「……君は……ダメだね…」

列に並ぶ人々、選別を終えた人々、無表情な顔で雄一を一斉に見つめる。

68 雄一の家・自室 (朝)
雄一、ベッドから体を起こす。
ブラインドの隙間から日が差し込む。
雄一の額や首筋に寝汗が滴る。
と、雄一、くしゃみをする。

69 同・ダイニング
雄一、テーブルに座り朝食を摂っている、が、なかなか箸が進まない。

70 同・書斎
父の背「(仕事中)……」

71 同・ダイニング
母、雄一と向かい側の席につき、請求書を折り込んで一つ一つ封筒に入れている。
雄一、体が重い。
と、母、雄一に目をやり、

母「片付かないから早く食べなさいよ!」
雄一「んん……」
母「今日は学校ないの?」
雄一「んん……」
母「あそう…それとあなた…電話代幾らだと思ってんのよ!授業料だってバカにならないのに!」
雄一「んん……」
母「あなたに幾ら投資したか分かってんの!」
雄一「んん……」
母「(溜息)いくら不良債務出せば気がすむのかしらねぇ…」
雄一「……(ふと、新聞に目を落とす)」

72 新聞・社会欄
「暴走バイク、対向トラックと衝突!少年3人死傷!」

73 同・ダイニング
何かに気が付く雄一。

TVの声「……昨夜未明、世田谷区代沢にお住まいの佐々木さん宅で……」

雄一、TVに目を向ける。

74 TV・ニュース番組
殺人事件を読み上げるアナウンサー。

アナウンサー「……警察の調べでは強盗殺人として……佐々木さんが生前……」

75 同・ダイニング
TVを見つめ、何かを感じとる雄一。

76 台地のアパート・居間
台地、パソコンの画面を見ている。
×     ×     ×
画面、メールソフトを表示。
受信トレイの件名欄、「はじめまして、卓也といいます」「彼女募集中!」「今度会わない」「RE:今度会わない」…
などの件名が書き連ねている。
が、テンポよく削除されていく。
最後の欄に「(無題)」とある。
間があって、それも削除される。
×     ×     ×
台地、パソコンを引き出しにしまって、変わりに薬の束を取りだし、何錠かを飲み込み、何錠かをクリアケースに入れ、鞄にしまい、腕時計をはめ、教科書を入れ換える。
と、教科書の間から東急ハンズの包装袋が抜け落ちる。
台地、「?」と感じ、拾い、中を開ける。
×     ×     ×
おもちゃの星の蛍光シールだ。
×     ×     ×
台地、それをしばらく見つめるが興味が失せたかのように机に置き、携帯電話と鞄を持ち部屋を出る。

77 レンタルビデオ屋
カウンターの中で雄一とバイトの男2(20)が並んで座っている。
雄一、レジに置いてある客数を数える。
カウンターを弄んでいる。
男2、客を装った友達らしき男3(20)と早口に駄弁っている。
男2「…ナチスは評価されるべきだと思わないか?君。フューラーがイカレタちょび髭
だって?ふざけるなと僕は言いたいよ!」
男3「んん…ナチスと連合軍という対立構図は様々な所で応用されてるからね…例えばガンダム…後はまぁ…ハリウッドだってナチス様様だからねぇ…」
男2「君…逝っていいよ…僕はそんな低レベルの話をしているんじゃないんだよ!」
男3「まあまあ…それよりハリウッド繋がりで思い出したけど、ガンダムは日本のスターウオーズ的な位置にあるよね…だけど当時のガンダムは稚拙な所があるし富野喜幸はルーカス同様、リメイクすべきだね」
男2「君!そんなね…幼稚なアニメより…」

雄一、ふと男2を一瞥する。
男2、視線を感じ、窺うように見返す。
見つめあう二人。
雄一、目線をカウンターに戻す。
男2、目線を男3に戻し、

男2「君、フューラーに関する文献を読んでみろよ、客観性が欠けているのばかりだ
よ!唯一正当に評価しているのは…柘植久慶しかいないね」
男3「…君のヒトラー崇拝は分かったよ」
男2「いや分かってない!それにヒトラーじゃない…フューラーだ!」
男3「…じゃあ「現代におけるナチズムの功
績」と題して四百字で述べてくれよ」
男2「(作り笑い)四百字では言い尽くせないね……なぜなら…君…」

雄一、男2を何気なく見る。
男2、オドオドして見返す。
見つめあう二人。
雄一、目を戻す。
男2、目線を男3に戻すが、

男2「(雄一を気にし)…僕はあれだよ…君」

雄一、男2を見る。
男2、チラッと見返す。

雄一「……なぁ…」
男2「……な何ですか?」
雄一「…人が半端なく死ぬ映画…知らねぇ?」
男2「…え?」

78 雄一の家・自室
ブラインドが閉めきられた薄暗い部屋。
カチカチと何かを刻む音が聞こえる。
机上の上に死亡記事の切り抜き・スクラップが雑然と置かれている。

79 同・TV画面 (史上最大の作戦)
ナチの兵隊、バシバシ射殺される。

80 同 自室
雄一の顔、銃撃の度、薄青く点滅。
×     ×     ×
雄一の手元にバイト先から盗んだカウンターが握られ、撃ち殺された兵隊分
だけ、カチカチと数を刻む。

81 福祉専門学校・トイレ
女2人(22)、鏡に向かい髪をとかしたり、化粧しながら駄弁っている。
と、水を流す音がし個室の戸が開き、
台地、出てくる。
女2・3、急に押し黙って振りかえり、

女2「居たの?」
台地「あ…おはよ…」
女3「元気してる?(笑)」
台地「んん…」
台地、手を洗おうとするが、女2・3、洗面器を陣取っているので、そのまま出ようとする。

台地「…それじゃ」
女3「んじゃあね(笑)」
女2「バイバイ(笑)……」

台地、出ていく。
女2・3、その背を無言で何かを期待するように見送る。

82 テレクラ・個室
雄一、黒塗りの狭い個室に座っている。
けたたましく鳴り渡る電話のコール。
雄一、発光する電話のディスプレイをしばらく眺めている。
と、雄一、何気なく受話器を取る。

83 学校・学食
遠藤、テーブルの上でパラパラダンス。
小林・吾妻、それを見上げバカ笑い。

小林「(笑)コイツ、超バカ」

遠藤、テーブルを降り、赤面。
森、3人に近寄る。

森「(雄一がいないのを気にするが)オッス」
小林「あオッス…よくやるよなぁ…コイツ」
遠藤「(笑)うっせーよ」
森「何何?何やってんの?」
小林「(笑)え?ああお前もやる?」
森「何何?」
小林「だから…じゃんけんやって負けた奴が罰ゲームやんの」
森「ん…あいいよ…」
吾妻「じゃあいくぜ!じゃん…けん…ぽい」
小林・吾妻「(笑)いぇーい」
森・遠藤、じゃんけんをし、森、負け。
遠藤「(笑)心臓にわりぃよコレ」
森「え?でどうすんの?」
吾妻「罰ゲーム……何にしよっか(笑)」
小林「じゃあね……金日成のモノマネ(笑)」
森「マジで?そんなキャラじゃないよ(苦笑)」
小林「もし嫌だったらね……北朝鮮の愛国者のマネでもいいよ(笑)」
遠藤「(笑)変わんねぇじゃん!」
森「マジでやるの?…じゃあ手本見せてよ」
小林「だから……フンダラニ……」
吾妻・遠藤、大笑い。
森「じゃあ(セキ払いして)…フンダラニ…」
あまり受けないで白ける小林達。
小林「…………次行こ次…」
吾妻「じゃ行くよ…じゃん…けん…ぽい」

遠藤、一発負け。

遠藤「またかよぉ…勘弁してよ(笑)」
吾妻「ハイ罰ゲーム(小林に)次なに?」
小林「(笑)ん……何かあったかな………」

森、後ろで何かを見つけ、名誉挽回に、

森「なぁなぁ…後ろのさぁ…あのブッサイクな女と5分間…世間話ってのはどう?」

一同、森の視線を追う。
遠藤、目線を戻し森を睨む。

小林「(森に)バァーカ…こいつの彼女だよ」
森「え?…えっうそ……ゴメンゴメン」
遠藤「お前もう帰っていいよ」
森「(苦笑)…わりい……」
場、白け、バツの悪い森。

84 ラブホテル
雄一・女4(19)、ベッドに腰掛けてエロビデオを見ている。

女4「何かすごくなぁい?」
雄一「……」
女4「やっだあ~(まんざらでもない)」
雄一「(茫然としている)……」

と、女4、雄一を一瞥して、後ろから抱きつき、雄一の股間に手を伸ばす。

女4「(笑)おっきくなぁい?」
雄一「……」
女4「……さぁ~て…しよっか?」
女5、雄一のシャツを脱がし始める。
女4「はいはい脱いだ脱いだ(笑)」

と、雄一、その手を払い立ちあがる。

雄一「(女4を見下ろす)……」

女4、雄一の胸元に顔を埋め、雄一のケツを撫で回す。
女4の汗が雄一に伝わってくる。
突然、雄一、女4の髪を鷲づかみ、

雄一「てめぇもよ…毒撒き散らしてんのか?」
女4「イタ!何言ってんの!変態?離して!」
雄一「(思い出したように苦笑)ああそうか…オレもか…そうか……そうだよな……」
女4「何なの!」

85 新宿・繁華街
雄一、歩いている。
と、雄一の携帯電話、振動する。
ディスプレイ、「サトミSF」と表示。
雄一、しばらく考えて、受信する。

86 専門学校・学食
列の中の台地、カウンターでカレーを受け取り、奥の中年女に代金を払う。
脇からスプーンを取って、振り向く。
が、テーブル、どこも満席で一つも席がない。
列の他の学生は友達に席を取ってもらっているらしくありつく。
×     ×     ×
台地、迷って、「食器回収」のコーナーに向かい、カレーを捨てようとするが、

中年女「(奥から)あら…もったいないわね~」
台地「スミマセン……お腹の調子が…」
中年女「まぁ…こっちはお金貰ってるからいいけど……あまりいい気はしないわね~」
台地「スミマセン……」

87 学校・中庭
ダンスの練習が終わった学生達、靴を履き替えたり、汗を拭い、思い思いに
帰っていく。
森、カメラを片付けている。
後輩達、森に礼儀正しく挨拶して立ち去るが、その背、押し殺した声で、

後輩1「…やべぇんじゃない?」
後輩2「大丈夫だって…どうせ見ないんだし」
後輩1「賭けるか?」
後輩2「いいぜ(笑)」

森、その背を何気なく気にし、ふとカメラに目を落とす。

88 デパート・屋上
ベンチに腰掛ける雄一・サトミ。
サトミ、盛んに雄一に話しかける。
雄一、全く関心がない。

サトミ「……この間さぁ…告られちゃった…バイトの先輩なんだけど…まあまあイケテる方かな?(雄一を窺う)…」
雄一「……」
サトミ「(笑)相手結構…マジっぽくてさぁ……迷ってるのよね……」
雄一「……」
サトミ「……だけど何か…雄一の方がイイかなって…(雄一を窺う)」
雄一「……」
サトミ「付き合っちゃうぞ…コノヤロウ(笑)」
雄一「(笑えない、というより聞いてない)」
サトミ「……雄一……好きなの…」
雄一、サトミを一瞥し、
雄一「……(ボソッと)救えんのか?」
サトミ「え?」
雄「おめぇといれば……救われんのか?」
サトミ「(甘えた声で)うん…救えるよ」
サトミ、腕を雄一の腕に絡ませる。
雄一「(顔をしかめ)たのむ……触んな…」

雄一、すり抜け、立ちあがり、振り向きもせず何処かへ行ってしまう。
サトミ、途方にくれて雄一を見送る。

89 ハンディカメラ・液晶ディスプレイ
踊っている学生達の背。
と、休憩らしく、学生達、散らばる。
森の横顔、通り過ぎる。
それを見計らって、さっきの後輩達、忍び寄り、そしてカメラの前でニヤニヤしながらストリップを始める。

90 学校・中庭
カメラのディスプレイを見下ろす森。

91 新宿・アルタ前広場
雄一、人混みの流れの中を歩いている。
と、雄一、流れから外れ垣根に座る。
目前を膨大な人間が通り過ぎていく。
唯一、再び流れに身を置く。

92 駅ビル
雄一、ビル内の地下駐車場へ続く階段を吸い込まれるように降りていく。

93 地下駐車場
人気がなく薄暗い地下駐車場。
天井には無数の配管が剥き出しに入り乱れ、車が理路背然と墓標のように並
んでいる。

94 トイレ
艶のないスチールの個室が3つ並び、
薄青いタイルに囲まれているごく普通のトイレ。
サラリーマン風の男が小便中。

95 同・個室内
雄一、便座に俯いて座っている。

96 地下駐車場
薄暗い地下駐車場の脇に、トイレの案内灯が灯っている。
×     ×     ×
黒ずんだクリーム色の壁に貼られた赤と青のトイレの標識、男と女のマーク
の所にマジックで股間がイタズラ書きされている。

97 トイレ・個室内
雄一、便座に座っている。
呼吸が荒い。
首筋に汗が滴る。
雄一「(髪を掻き分け、吐き棄てる様に)…どこにも引っかかんねぇ……」

98 トイレ
先ほどのサラリーマン、まだ小便中。
と、中年の男、隣りの便器に近寄り小便をするが、隣りのサラリーマンの股
間を覗き込む。
サラリーマンも同様。
挙動不審な男達がウロウロしている。
そんな中、純次が無表情な顔で壁に寄りかかっている。
30過ぎの男、オドオドしながら純次に話しかける。
純次、その男を下から上まで品定めするように見て、薄笑いを浮かべトイレ
の個室に入る。
30の男、後に続き、扉を閉める。
と同時に、もう一つの扉、開き、俯いた面持ちの雄一が顔を出す。
男達、一斉に視線を投げかける。
雄一、洗面器前に立ち止まり、手を蛇口にかざし茫然と水に浸す。
そして勢いよく顔を洗う。
そのすぐ隣りで東南アジア系の男4、雄一を舐めまわすように見ている。
雄一、顔を上げ鏡に映った自分を睨むが、やがて諦めたように踵を返す。
その跡を東南アジア系の男4がニヤニヤしながらぴったり引っ付いてくる。
雄一、一瞥するが気に留めない。

99 同・個室内
30の男、純次に金をいくらか渡し、
純次の股間に顔を埋める。
純次、冷めた目で男を見下ろす。

100 同・入口付近
男4、歩いている雄一にピッタリ引っ付き雄一の尻を揉む。
雄一、立ち止まり男4を睨む。

雄一「……あ?何だよ」
男4「オニイサン、キモチイコトシテアゲル、ボクウマイヨ、シャクハチシャクハチ」
雄一「(疲れているのか呆れているのか言葉が出ない)……」
男4「アッチイコウ、ダレモイナイヨ」

雄一、無視して歩き出す。
男4、跡をつけ雄一の腰に手をまわす。
さすがに雄一、キレて、鬱陶しそうに、

雄一「どけよっ!…(歩き出す)…」

男4、めげづにまとわりつく。

男4「オニイサン、コワイネ(笑)」
雄一「おいカマ野郎!しつけぇぞ!」

雄一、男4の胸ぐらを掴もうとするが逆に、男4、雄一の腹を殴る。
身を屈めてうめく雄一。
男4、ニヤつきそのまま雄一を抱え込むように何処かへ連れていく。
×     ×     ×
男達、その様子を見て見ぬ振り。

101 台地のアパート・玄関/台所
錠が外され台地が入ってくる。
台地、「ただいま」と呟き、鞄を足元に置き、入ってすぐの台所で念入りウガイと手洗いをする。
付けっぱなしTVから笑い声が漏れる。
×     ×     ×
誰もいない小奇麗な居間。
台地、鞄を机に置き、TVを消す。

102 駐車スペース
スモークの貼ったワンボックスカー、人気のない駐車場の一角で止めてある。

103 ワンボックスカー・車内(後部座席)
うめいている雄一。
男4、雄一にまたがり荒い鼻息を漏らし、上着を急いて脱いでいる。

104 同 (雄一主観)
安定しない雄一の視界。
男4、ニヤついた顔で雄一を見下ろしながら服を脱いでいる。
と、男4、脱いだ服を助手席に投げ込み、雄一に被さる。
脇から力なく延びる雄一の手、男4を退かそうとするが、男4、叩く。
雄一にむしゃぶりつく男4。
雄一の視界、口付けを迫る男4をよける為、天井、派手なカバーのシート、
フットスペースとグラグラ泳ぐ。
男4、口付けを諦めたのか、視界から消え、雄一の上半身の方を愛撫する。
抵抗するのに疲れたかのか、諦めたのか雄一の視界、フットスペースに落と
される。
と、雄一の視界、フットスペースに落ちている鈍く光る黒い塊を捉える。
拳銃が落ちている!

105 ワンボックスカー・車内(後部座席)
雄一、懸命に愛撫している男4を捨て置き、拳銃に目を落としている。
×     ×     ×
雄一、拳銃に向け、手を伸ばす。
その指、拳銃のトリガーを引っ掛く。

106 駐車スペース・ワンボックスカー前
銃声、鋭く鳴り渡る。

107 駐車場・全体
銃声の余音、延び渡る。
そして、もう一発。

108 他の駐車スペース
ペットボトルの烏龍茶で股間を洗っている純次、一瞬「?」と思うが、気のせいと感じる。

109 ワンボックスカー・車内(後部座席)
血まみれの男4、雄一に被さるように死んでいる。
返り血を浴びた雄一、動かない。
と、我に帰った雄一、男4を銃口で小突き、

雄一「おい……」
男4、動かない。
雄一「……死んだんか?カマ野郎……なぁ…」

男4、ピクリともしない。

雄一「(納得したように)死んだか……(溜息)……そうか死んじゃったか……」

雄一、そのまま血塗れの男4の温もりを味わうかのように手を男4の肩にまわし、茫然と天井を眺める。
×     ×     ×
と急に、雄一、男4を粗雑にどかし、体を起こしシートにもたれる。
男4、スッポリとフットスペースに収まる。

雄一「(男4を見下ろし)……(溜息)」

運転席のクーラー、唸っている。

110 台地のアパート・居間
台地、ノートに要約を書いている。
と書き間違え、消しゴムを探そうと机を手まさぐる。
今朝置いた星のシールに気が付き、何気なく手に取る。
そして、何気なく天井を見上げる。
と、携帯電話、突然振動する。
台地、携帯電話を覗き込む。
×     ×     ×
着信先が通知されていない。
×     ×     ×
台地、何となく出る気が起きないので、そのままを机の上に置き、眺める。
携帯電話、発光しながら机を震わす。
台地、思い直し、出ようと携帯電話を手に取るが……携帯電話、振動を止め、死んだ
ように黙る。

111 ワンボックスカー・車内(後部座席)
雄一、シートに膝を抱えるように茫然と座っている。
手には拳銃が握られている。
×     ×     ×
車がタイヤを軋ませ滑り込む。
×     ×     ×
雄一、何気なく顔をあげる。
目の前のフロントガラスを白いセダンが通り過ぎていく。
雄一、おもむろにセダンを目で追う。
そして、首を戻した際にバックミラーに映った自分と目が合う。
と、手中の拳銃、吸い込まれるように雄一のこめかみに向けられる。
鏡の雄一、力なくニヤッと微笑む。
撃鉄を引く雄一の親指。
その時、携帯電話が鳴り響く。
雄一、ハッとし、拳銃を下ろし、辺りを見まわし携帯の在り処を探す。
と、その際トリガーを誤って引いてしまう。
弾丸、天井を貫く。
雄一、腕をしびらせ驚いて、硝煙をふく拳銃を改めてマジマ見つめる。
着信音、まだ鳴り響いている。
雄一、拳銃を見つめたまま、当たり前のようにポケットから携帯電話を取り出し、通知先を確かめずに出る。

雄一「はい……(ハッとする)!」

雄一、電話の主で我に帰る。
×     ×     ×
助手席に男4が脱いだ上着がある。

112 新宿・路上
純次、女を笑顔でスカウトしている。
が、中々ひっかからない。
と同業者の男1が近づき、

男1「チィース…どう?」
純次「おお…(舌打ち)全然ダメ、スカシばっか、ホントは積極的にポコチン咥えるクセによ……イラつくわ…マジで」
男1「(笑)……、お!それ渋くねぇ?」
男1、純次のブレスレッドに気が付く。
純次「いいべ、ドンキで7万」
男1「金あんな?おまえ」
純次「前から狙ってたし……あ、そう…あのさ…エイズってすぐ染つるモンなの?」
男1「エイズ?…ゴム使えばOKっしょ……あ、そう!…前さぁ…ネットで会った娘いたんだけど…んん!エイズ!可愛いかったんだけど…急に言われてさぁ…俺ひいちゃって…ハンズでまいちゃったよ(笑)…」
純次「……」
男1「え?何?おまえそうなの?」
純次「(苦笑)ちげぇよ…今後の参考までに聞いたまでよ…縁起でもねぇ事言うなよ」

113 大学・教室 (授業中)
机に座っている森。
と、後ろのドア、開き、2・3人の遅刻の学生、悪びれずに入室する。
森、振り返り、誰かを探すが、目当ての人(雄一)がいないようだ。

114 台地のアパート・台所/居間
雄一、ベッドに腰掛けて、注意深く部屋全体を見まわす。
小奇麗な何もない部屋。
台所からカチャカチャと陶器が触れるような音がする。
×     ×     ×
台地、戸棚から箱に入った未使用のカップを取りだし、冷蔵庫の中を見るがほとんど中身がない。
×     ×     ×
と、台地、ホットコーヒーを持ってきて、雄一の足元に差し出す。

台地「ごめんなさい……ミルクきれてた……」
雄一「……(台地の後頭部を見下ろす)」

台地、どうしようか迷って、距離を空けてベッドに腰掛ける。
と、台地、何かを思い出し、また台所に向かう。
雄一、その背を一瞥する。
台地、何かを手にし戻ってくる。
そして、その何かを雄一に差し出す。

台地「……もし……だったら……これ…」

雄一、それを一瞥。貯金通帳だ。

雄一「(吐きすてるように)いらねぇよ…」

台地、バツの悪そうに引っ込める。
雄一、台地を一瞥し窺う。
台地、俯いている。
と、雄一、何気なく台地に背を向けベッドに寝そべる。
そして、寝返りをうつ。
雄一、目の前の台地の腰を見つめ、ゆっくり台地の腰にふれる。
と、急に腰を引き寄せ、抱え込む。
腰に回した雄一の手、台地の手を探す。
台地、戸惑いがちに手を雄一の手に触れさせる。
雄一、台地の手を強く握り締める。

115 日焼けサロン
日焼けブースの中で純次、汗をたらしながら、壁のストップウオッチを睨んでいる。
足元に汗が染みて広がっていく。
と、純次、思い出したかのように怯えだし、両腕をマジマジ見比べ、
その腕をさすり、頬をさする。

116 台地のアパート・居間
雄一、照れくさくなって台地の腰から離れ、体を起こしベッドに座り直す。
言葉のない二人。
雄一、手持撫沙汰に煙草を取り出す。
台地、灰皿を雄一の脇に置く。

雄一「あ、悪ぃ…あ、いいよね?」
台地「(頷く)」

が雄一、煙草を切らしている。
台地、引き出しから煙草を取り出し、

台地「コレ…いいよ…」

以前したように差し出す。
以前と同じ銘柄の煙草だ。
二人、見つめ合い、間があって苦笑。

雄一「(笑)あ……コレあれっしょ?」
台地「(苦笑)んん…」

雄一、思いついて、

雄一「…え?何だっけ?ミルクだっけ?」
台地「え?」
雄一「煙草のついでにさぁ…買ってくるよ……あ、どの辺?…コンビニ」
台地「(窓を指差し)あ、裏の通りに…でも…」
雄一「あ、いいって…」

雄一、立ちあがる。
と、足元の(拳銃が入った)鞄に気がつき、持っていこうか迷う。
そして、そのまま手ぶらで行く事にし、

雄一「…じゃあ……ちょっと行ってくんわ…」
台地「んん…ありがと…」

雄一、出て行く。
台地、ふとべッドに目をやり、「?」と思う。

117 台地のアパート・階段
雄一、階段を降りてくる。
雄一、途中の踊り場にさしかかる時、誰かとすれ違う。
すれ違い様、二人、目を合わす。
雄一、そのまま階段を降りていくが、
振りかえり、再度、目を合わす二人。

118 台地のアパート・居間
シーツに「く」の字型に血がうっすら
染みついている。
シーツを撫でる台地、ふと雄一の鞄に気が付き目に入る。
と、呼び鈴が乱暴に鳴り渡る。

119 コンビニ・店内
雄一、就職雑誌を立ち読みしている。
途中、店内に入って来る客を気にし、
ついで店内を見回し、防犯カメラを一瞥する。
足元には牛乳とリンゴジュースを入れたカゴがある。
高校生4人組が近寄り、雄一の隣りで
エロ雑誌をはしゃいで読み出す。
雄一、雑誌を元の場所に戻しカゴを持ってレジに向かう。
途中、陳列棚で何かを見つける。
コンドームだ。
雄一、それを手に取りしばらく眺める
が、苦笑し元に戻す。

120 台地のアパート・キッチン
男(純次)の愚図った泣き声が聞こえてくる。

121 同・居間
純次、台地の前にへたり込み、
純次「どうすればいいんだよ……なぁ…まだ死にたくないよ…」
台地「……」
台地、時間を気にしているが、何かを諦めた面持で立ちあがる。
台地「ちょっと待ってて…」
純次、強引に引き止め、
純次「どこ行くんだよ…なぁ…見捨てるなよ」
台地「……」
純次「ゴメン、悪かった…な?…お前しかいないんだよ…
前は…オレの事、好きやっただろ?……なぁ…」
台地「……」
純次「なぁ…いいだろ?」
台地「……」
純次「なぁ…」
台地「……」
純次「………ダメか?…ん?……ダメ?」
台地「……」
純次、突如豹変して気だるそうに、
純次「(舌打ち)あ~あ……まぁどっちみち
人間、いつかは死んじゃうだからよぉ……ヤリタイ事やった方がトクっしょ?なぁ?
お前だってそうだろ?…」
台地「……」
純次、机の教科書に目をやり、
純次「……まだ専門なんて行ってんの?辞めちゃえよ…無駄なんだから…」
台地「……じゃあどうすればいいの?」
純次「あ?…どうすればって……決まってんじゃん(笑)…
今までどうりオレとよ……」
台地「純次と居れば…無駄じゃないの?」
純次「(言葉につまる)」
台地「言われなくてもやりたい事やってるよ…私…」
純次「…何だよ」
台地「……まともに…生きたいの」
純次「あ?」

122 同・廊下
雄一、台地の扉の前に立ち止まり、ブザーを押そうか、
そのまま入ろうか迷っている。

123 同・居間
純次「何だよカッコつけやがって…俺もお前も同じなんだよ…
もう遅ぇんだよ!」
台地「……」
純次「(舌打ち)……」
純一、男物の鞄を不審に感じ、
純一「…おい…これ誰んだよ」
台地「!…」
純次、バックに手を伸ばそうとする。

124 同・廊下(外)
雄一、ひと呼吸してドアノブを引く。

125 同・居間
ガチャと扉が開く音がし、純次、身を強張らせる。
台地、うなだれる。

126 同・玄関
軋みながら扉が開き……

127 美容院・店内
扉が開き、森が入って来る。
フロントの美容師、満面の笑みで、
美容師「(店長)いらっしゃいませ、こんにちは……今日はカットですか?」
森「はぁ…」
店長「カット入りま~す」
美容師一同「お願いします」
店長「(森に)こちらへどうぞ」
森、キョロキョロしながら案内された席につき、
鏡越しに7人程いる美容師の顔をチェックする。
店長「髪洗いますので倒しますね」
シートが唸りながら倒され、森の顔にタオルがかけられる。
その時、扉が開き、他の美容師とお揃いのエプロンを
付けた美容師(絵美)、チラシ配りを終え入って来る。
絵美「ただいま戻りました」
一同「お疲れ様でした」
森、聞き覚えのある声に反応しタオルを少し上げ、チラリと窺う。
店長「あ絵美ちゃんさぁ…悪いんだけど…シャンプーお願いしていい?」
絵美「(笑顔で)あ、はい」
森、ドキっとしタオルを戻す。
店長「(森に)少々お待ち下さい」
絵美、森に近寄る。

128 台地のアパート・居間
固まって動かない3人。
雄一、手にコンビニの袋を持ち、気まずそうに俯く。
台地、俯いている。
純次、2人の訳ありな雰囲気を察し、
純次「誰よこいつ?…さっき会ったよな…」
台地「……学校の…友達……」
雄一「……」
純次「あ?友達?…ちょっと待てよ…こいつ…ノックしてねぇよな…そうだよな?
…どういう事…おめぇあれか?…こいつにゴムでも買いに行かせたんか?」
台地「……」
雄一「……」
純次「…どういう友達なんだか知りてぇなぁ~オレ…あ?…エラそうな事
言いやがって…ヤル事はしっかりやってんじゃねぇか」
台地「……」
雄一「……」
純次「……(苦笑)待てよおい……何黙ってんだよ……マジなのか?マジなの?……」
台地「……」
純次「聞いてんだよこのアマ!」
純次、台地の髪をむしり上げる。
雄一「おい止めろよ!」
純次「あ?」
純次、立ちあがる。
台地、引きとめようとするが叩かれる。
純次、歩みより雄一の胸ぐらをつかみ、
純次「おい外野…カマみてぇな面しやがって……こいつはオ・レ・の・も・ん
…分かってる?…大体おめぇ知ってんか?こいつ……(ハッとし)!」
純次、突然手を緩め、台地に近より、
純次「おいおめえ…嘘なんだろ!…なぁ…こいつとしけ込みてぇから嘘ついた
んだろ?…あ?そうなんだろ?」
台地「……」
純次「…汚ねぇマネしやがって…あ?どうなんだよっ!」
台地「……う、嘘…」
台地の声をかき消すように、
雄一「嘘じゃねぇよ!知ってんよそんな事………それがどうしたんだよ!」
台地、雄一をハッと見つめる。
雄一、純次を見据えている。
純次、雄一を睨み、
純次「うっせんだよ…てめぇは!」
純次、雄一に近寄り、雄一の胸ぐらを掴み凄むが、逆に雄一、
その手を払いのけ、仰け反った純次の顔面を殴りつける。
へたり込む純次。
純次のポケットから小銭・パスケースがこぼれ落ちる。

128 美容院・店内
森、タオルを顔に置かれ、恋人?の絵美に髪を洗われている。
絵美「何処か…痒いトコはありますか?」
森「(咳払いし)あ…いや…」
絵美、森の髪をゴシゴシ洗っている。
ひざ掛けの森の手、落ちつかない。
森「(咳払いをし)あの……」
絵美「はい?」
森「(声を押さえ)彼氏とかって…いるんスか?」
絵美「え?(苦笑)いませんよ~」
森 「え?……」
絵美「(笑)まぁ…募集中って感じかな?」
森「(言葉がない)……」
絵美「お客さんはいるんですか?」
森「え?…はぁ…まぁ……」
絵美「(笑)いいなぁ~もうすぐ夏始まっちゃうから…私も早く見つけないと………は
い流しますね……」
絵美、森の髪をすすぎ、別のタオルで拭き、レバーを踏んでシートを起こす。
絵美「ハイお疲れ様です」
絵美、段々と起きあがる森の顔からタオルを取り、完全に起きあがるのを
鏡を見ながら待っている。
絵美、森に気が付かない。
だが、シートが起きあがるにつれて、顔を強張らせ、唖然とする絵美。
鏡越しに気まずい二人。

128 台地のアパート・居間
台地「……」
雄一「(息を整えている)……」
と、純次、先程とうって変わり急にヘラついて台地にすり寄り、
純次「(笑)付き合ってんならよぉ…それでもいんだよオレは…だから……3人でさ
仲良くしようぜ…な?な?」
純次、雄一に近寄り、
純次「(笑)名前なんて言うの?結構カワイイじゃん…いくつ?…3人でさぁヤロウよ
…(腿を揉み)結構いいモモしてんじゃん…スポーツしてんの?」
純次、台地に歩みより覆い被さり、
純次「な、3人でさぁ(笑)…」
台地、嫌がる。
雄一、止めにはいる。
純次、また雄一に抱きつき
純次「(笑)いいじゃん…ねぇ?」
雄一、純次を鬱陶しそうに張り倒す。
へたり込む純次。
台地「……」
純次、急に押し黙り、台地を睨みつけ、
純次「……おい…おめぇこいつに同情されてんだよ…分かんねぇのか?……後でよ…
泣 き寝入りしたって知らねぇからな?」
台地「……」
純次「…(舌打ち)ああ…いいよいいよ…」
純次、おぼつかない足取りで立ち、
純次「(台地に)お前さぁ…オレから逃げられるとでも思ってんのか?あ?………
それとおめぇ…(雄一に指差し)おめぇあれか?もらっちゃったか?あ?(笑)
……まぁおめぇら…勝手にヤリまくれよ…な?…どうせ死んじゃうんだから……
でもよっ!オレが原因なんだろっ?あ?だったらよ…いくらチチくり合ってもよ、
おめぇらオレの事…無視できねぇな?そうだろ?」
台地「……」
雄一「……」
純次、机の引き出しから、カートンボックスを取り出して脇に抱え、小銭を
何枚か拾って玄関に向かう。
純次「オレが王様!オレが神様!誰も無視できねぇな!(笑)」
台地「……」
純次、雄一の脇をすり抜け立ち去ろうとするが、
純次「あそう…こいつね…背中が超感じんだよ…もうアヒアヒ言っちゃってさ(笑)」
雄一、ベッド脇のバックを睨む。
台地、雄一の視線を追い、雄一を諭すような目で見つめる。
雄一、台地の視線に気が付き、ハッとする。
純次「もうこうやって、服の上からでも撫でたらイチコロ………」
雄一、純次を殴る。
煙草が四散し、純次、へたり込み、そのまま手ぶらでヘラヘラしながら玄関
を出ていく。
台地「(俯いている)……」
雄一「……」

○ 雄一の自宅・ダイニング
雄一の母、テーブルに向かい請求書を書いている。
と、母、父の背を窺うように覗き見る。
×     ×     ×
父の背、相変わらず丸まって机に向
かっている。
×     ×     ×
母「(手を休め、独り言のように)…ちょっ
と…買い物でも行ってこようかしら……」
母、父の反応を覗き見るが、
父の背「……」
母、そのままテーブルのモノを片付け、
足元から化粧ケースを取り出し、ガチ
ャガチャと中を探る。
母、髪をブラシでとかし、口紅を取り
出す。
と、父、ぶっきらぼうな重い声で、
父の声「生協にしとけよ…まだ請求書残って
んだろ?」
鏡に口を付きだし、口紅を塗ろうとし
ている母の手、ビクっと止まる。
母「……」

○ 台地のアパート・居間
台地、身を屈め床に散らばる純次の小
銭・煙草を片付けている。
雄一、その脇で突っ立っている。
台地、それらを机の上に置き、煙草一
つを雄一に向けてバツの悪そうに微笑
みながら「いる?」と言っているよう
な顔をする。
雄一、苦笑しながら首を横に振る。
台地、ふと迷って、全部ゴミ箱に捨て
てしまう。
そして張り詰めた沈黙。

台地の背「……」
雄一「……あオレ…飲みモン買ってきたから
……飲む…でしょ?」

雄一、そう言って辺りを見回す。
ビニール袋、部屋の端に置いてある。
雄一、ビニール袋に歩み寄る。
と、雄一、何かを見つける。
男モノの革のパスケースだ。
雄一、険しい顔つきでそれを手に取り、
台地に気付かれないようポケットに
突っ込む。

台地「(苦笑)何か…ごめんなさい……」
雄一「え?あ…別に(苦笑)……」

○ 新宿ビル群 (夕方)
聳え立つビル群、夕日を反射させ輝き、足元に影を落とす。

○ 台地のアパート・居間 (時間経過)
ベッドにもたれてジュースの入ったコップを手にしている雄一と台地。
雄一、台地の横顔を窺う。
台地、雄一の視線を感じ、一瞥。
雄一、照れた様に目を伏せる。
雄一、糸口を探そうとし、ふと手元の
黄色く透き通ったコップに目を落とす。

台地・雄一「(同時に)…あの……」
台地「え?」
雄一「いや、そっちこそ……何?」
台地「んん……」
雄一「(台地を見つめ)……」
台地「(笑)……いいの…何でもないの…」
雄一「……んん……」
台地「そっちは?」
雄一「あ…(苦笑)いやいいよ……たいした
事じゃないから……」
台地「…んん……」
雄一「……」
台地「……」
と、台地、おもむろに立ちあがり、ベ
ッド脇の間接照明を付け、ブラインド
を下ろす。
フローリング、明るく照らされる。
雄一、そんな台地を目で追っている。
台地、その照明を引き寄せ、元の所に
座り、雄一に微笑みかける。

雄一「……?」

と、台地、照明を消す。
その時、雄一の顔、ぼんやりと明るい
緑の粉が塗されたように浮かび上がる。
雄一、光に吸い込まれるように天井を
見上げる。
×     ×     ×
蛍光シールの星が天井一面に輝く。
×     ×     ×
雄一「(茫然と天井を見上げている)……」
台地「星ってさぁ…死ぬ時が一番輝くんだよ」
雄一「(台地を見る)……」
台地「でね……死んでからも…何千年、何万
年も輝いているんだって…」
雄一「……」
台地「私さぁ…ちゃんと生きたいんだ…なん
となくじゃなくて……そしたら…星みたい
に死ねるんじゃないかなって……」
雄一「きっとさぁ…なれるよ……」
台地「ありがと……でも私の事…背負ってく
れなくていいからね(笑)……」
雄一「(ハッと台地を見つめる)……」
台地「……私は大丈夫(笑)…」
雄一「(床に目を落とす)……」
台地「(雄一を一瞥し)……」
雄一「……」
台地「……あの人の事なんだけど……」
雄一「(台地を一瞥)……」
台地「……悪く思わないでね……私にも…責
任あるから……」
雄一「……」
台地「…私だって……」
雄一「(打ち消すように)俺さぁ…飽きちゃっ
たんだ…死ぬの怖がってんの……恐怖の臨
界点?越しちゃったみたい(笑)……そし
たらさぁ、何かさぁ、怖くなくなっちゃっ
た……」
台地「……」
雄一「だから今は…何か…どっちでもいいよ
……どっちでも変わんねぇって気ぃする」
台地「まだ決まった訳じゃないよ…」
雄一「もし…もしそうだとしても……俺…納
得できるよ……(台地を見つめる)」
台地「……(目を伏せる)」

雄一、台地の手を探し、握る。
台地、戸惑うが、握り返す。

○ 歩道 (夜)
雄一、指爪を噛みながら険しい顔で俯きながら歩いている。

○ 同・居間 (時間経過)
台地、ベッドに腰掛け俯いている。
と、台地、ポケットから何かを取りだ
し、ゴミ箱に捨てようとするが、中か
ら煙草を1箱取り出して、大事そうに
見つめ、机に置く。
そして、台地、何処かへ向かう。
間があってトイレの流される音がする。

○ 歩道 (夜)
歩いている雄一、急に街灯に灯された
所で立ち止まる。
そして、目を凝らして爪を見る。
×     ×     ×
どの爪も縁取るように凝固した血がこ
びりついている。
×     ×     ×
雄一、そんな爪を眺めて…
猛然と踵を返す雄一。

○ 雄一の自宅・書斎
雄一の父、黙々と机に向かっている。
そしておもむろに脇にあるラックからコーヒーカップを手に取り、啜るが、ほとんど中身がない。

父「(後ろを振り向き)……」

薄暗い台所、時間が止まったかのよう
にくすんでいる。
台所脇のガラス戸から見えるベランダ
には干しっぱなしの洗濯モノが取りこ
まれていない。

○ 公園 (夜)
街灯に灯された人気のない公園。
×     ×     ×
その一角に薄汚い公衆トイレがある。

○ 純次のアパート・廊下(外)
純次の運転免許書を表札と一つ一つ見
比べ廊下を歩く雄一。
と、雄一、足を止める。
表札「相沢純次」と表示。
雄一、ショルダーバックから拳銃を取
り出し、ベルトの中に押し込む。
雄一、呼吸を止めブザーを押す。
ベル、くぐもって室内に響きわたり、
やがて静寂。
雄一、Tシャツの中に手を忍ばせる。
ドアノブ、ガチャッと開く。
雄一、シャツの中で安全装置を外す。
首筋から滴り落ちる汗。

中年女の声「はぁい…」
中年女性、顔を覗かせる。
雄一「(戸惑う)あ………」
中年女「あら、純次の友達?」
雄一「え?あ…はぁ……」
中年女「純次ねぇ…どっか行っちゃったみた
いなのよ」
雄一「はぁ…」

雄一、Tシャツに手を入れ、安全装置
を元に戻す。

中年女「あいつ全然帰ってこなくてさぁ…だ
からわざわざ来てやったのよ…そしたらこ
れだもん(溜息)部屋ん中もきったなくて
さぁ……何やってんだかねぇ…」
雄一「…はぁ……」
中年女「えー何君だっけ?」
雄一「え?あ……や…や山下です」
中年女「山下君?山下君さぁ…あいつ来るま
で中で待っててよ…お土産持ってきたんだ
けど…生モノなのよ…ここ冷蔵庫ないし早
く食べないとさぁ…好きでしょ?明太子…
…それにおばさん…山下君のコト食べたい
わ(笑)」
雄一「(苦笑)いぇ…あ…また…来ます…」
中年女「あらそうぉ…残念ねぇ…また来てよ」

雄一、挨拶もそこそこに立ち去る。

○ 同・アパート入口
雄一、階段下のポスト前に立っている。
雄一、考えた挙句、「相沢純次」と書か
れた郵便受けにパスケースを入れる。

○ 公衆トイレ
落書きがひどいトイレの中。

○ 同・個室戸の前
押し殺した喘ぎ声が聞こえてくる。

○ 同・個室 (純次の主観)
若い男、体を屈め排水レバーに手をつ
いて、うめいている。

○ 同・個室
純次、若い男のケツを憑かれたように
に懸命に掘っている。
若い男、腰を支えなれないほどガクガ
ク震わせ、喘いでいる。
純次、そんな若い男のTシャツを引っ
張って支えながら、笑みをこぼし、男
のジーンズから財布の中身だけを取り
出し、ソッと返す。
若い男、一向に気が付かないで喘いで
いる。

○ 同 時間経過 (純次主観)
純次、荒い息を整えながら、アロハを
着直している。
脇で若い男、無表情な顔でジーパンを
穿いている。
若い男、脇につばを吐く。
その間、言葉はない。
若い男、純次に準備OKらしき目線を
送る。
純次、踵を返し戸を開ける。
と、戸が開いたその瞬間、目の前を何
かが襲い、純次の顔面を直撃する。
崩れるように倒れ込む純次の視界。
その脇を相手の若い男、慌てて純次を
跳び越し逃げ出す。

声「おい!そいつ逃がすな!」

○ トイレ
派手なジャージを着込んだチンピラ3
人組、個室前に立ちつくし中を覗きこ
んでいる。
バットを持った一人、しゃがむ。
バットには血がこびりついている。

バット「(ニヤつき)おい何やってたんだ?あ
あ?お前ホモなんだろ?(笑)」
×     ×     ×
純次、鼻血を垂らしながら後ずさる。
×     ×     ×
バットの背、ゆっくり立ちあがり、純
次を見下ろし、へたれこんでいる純次
に激しい蹴りをいれる。
他の2人も加勢する。
×     ×     ×
黄色ジャージの悪ガキ、3人に近寄り、

黄色「スミマセン逃げられっちまいました」

バット、蹴りを止め、

バット「(舌打ち)使えねぇなあオメエ…サツ
呼ばれたら…どうすんよ?…」

ボロボロの純次。

赤の声「呼べっこねぇよ、呼んだらホモっつ
うのばれちゃうじゃん(笑)…」
黄色の声「そうっスよね…大丈夫っスよ」
バットの声「お前らバカか…匿名で電話した
らどうすんだよ」
赤の声「(舌打ちし黄色に)学習しろよバカ
ヤロウ……何回目だよ?」
黄色の声「スミマセン…」
白の声「……行くべ?」
バット「(黄色を小突き)おい」
黄色「ハイ」

黄色、純次のジーパンを弄り、財布を
取り出しバットに渡し、ついでブレス
レッドを奪い、バッド達に気が付かれ
ないようにポケットに突っ込む。
そして、純次を蹴りこんで奥へ押しこ
み戸を閉め鍵をおろす。

バット「(財布を物色し)お…結構あんじゃん」
赤・白、脇から覗きこむ。
3人、黄色を待たないで歩き出す。
黄色、手際よく個室の戸の上から這い
上がり身を乗り出す。トイレから出ていくチンピラ。

バット「(財布を物色しながら)おい見ろよ
…あのホモ、女いるみてぇよ…ホラ」
覗きこむチンピラ。
×     ×     ×
仲良さ気な純次と台地の写真。
×     ×     ×
赤「結構カワイイじゃん」
白「もったいねぇな~」
バット「(黄色に)今晩のオカズにやるよ」
黄色「え、マジっすか?」
バット「ていうかそれ、お前の取り分」
黄色「(笑)それは勘弁してくださいよ」

チンピラ、立ち去る。
×     ×     ×
ボロボロの純次。

○ 雄一の実家・ダイニング
父、膝を揺らしながらテーブルに広げ
た新聞に肘を付き、テレビのチャンネ
ルをリモコンで忙しなく変えている。

○ 同・玄関
鉄板の扉、軋みながら開く。

○ 同・ダイニング
玄関から扉が閉じる音が聞こえる。
父、貧乏揺すりを止め、リモコンをテ
ーブルに置き、溜息を漏らす。
誰かの靴が脱がれ、足音が近づく。
父、足音が台所に付くのを見計らって、

父「ったく何時だと思ってんだ!」
父、しばらく待つが相手の反応が返っ
てこないので、座ったまま振り向く。
×     ×     ×
雄一が自室に入ろうとつっ立っている。
目を合わす雄一と父。
父、目を伏せ首を戻し、

父「何だおまえか……」
雄一「(突っ立ている)?……」
父「……(急に立ちあがり)おい!今何時だ!」

○ 公園 (朝)
木々の間から朝日が差し込み、鳥のざわめきが聞こえてくる。
歩道沿いのベンチに誰か(純次)の背
中が持たれかかっている。
×     ×     ×
鼻血やら鼻水やら涙やら切り傷やらグチョグチョの純次、茫然とした顔つきで地面に目を落としている。

○ 大学・正門
正門脇の掲示板に学生達群がり、テスト会場の教室を各々確かめている。

○ 同・学生課
雄一、退学届に記入している。
×     ×     ×
雄一、その用紙を受付に差し出す。
事務員、作業中の手を止めず一瞥し、

事務員「あ…今週はあれ…テスト期間中でし
ょ…受付業務は行なっていませんよ……」
雄一「……」
事務員「ああ…それと、ほらソコ、(指だけ
を紙面に向け)退学理由の欄、ちゃんと書
きこんで下さい……あとは…証明書発行す
るんなら…200円かかりますんでね…」
雄一「……」

雄一、事務員の前で退学届を丸める。
事務員、雄一を見上げ、始めて目を合
わす。

○ 同・廊下
学生達、ワイワイとノートや教科書を
友達と見せ合いヤマを張っている。
×     ×     ×
森、壁に寄りかかり携帯電話を睨む。
×     ×     ×
ディスプレイ、「絵美 090―×××
×―~」と表示。
×     ×     ×
森、ふと迷ってボタンを二三押す。
×     ×     ×
ディスプレイ、「コノバンゴウヲサク
ジョシマスカ?YES・① NO・②」
と表示。
×     ×     ×
森の指、意を決したように①を押す。
×     ×     ×
ピー音が鳴り、森、安堵とも後悔とも
言えない溜息を漏らす。
チャイムが鳴り、学生達、教室に入る。
森もしぶしぶ後に続く。

○ 同・教室 (テスト中)
答案を書き込む音が響き渡る。
雄一、机に向かっている。
少し離れた前方に森が座っている。
雄一、森に気が付き、その背に視線を投げる。
森、その視線を感じてか振り返る。
目線を合わせる二人。
がすぐにどちらとなく目線を戻してし
まう。
しばらくして森、立ちあがり答案を教壇に置く。
そしてその帰り、雄一にメモ書きを渡し、通り過ぎる。
雄一、そのメモに目を落として、噛み殺したようにニヤっと笑う。

○ ATM・中
台地、機械のパネルを操作している。
と、目線の高さに添えつけられている
ミラーに気が付く。
×     ×     ×
ミラーに、背を向け一服している雄一
が映っている。
×     ×     ×
と、機械から支払いOKの発信音が鳴
り、台地、ミラーから目を戻し紙幣を
受け取り、添付の封筒に入れる。

○ ATM 外
雄一、一服している。
後ろの戸が開き台地が出てきたので、
タバコを足元に捨て、

雄一「いいのに…オレバイトしてるから…」
台地「(微笑)私もしてるよ」
雄一「(笑)何?」
台地「(微笑)ん?」
雄一「(笑)何やってんの?」
台地「ええとね……」
二人、歩き出す。

○ 映画館ロビー
絨毯地の扉から映画を見終わった人が
大勢出てくる。
その脇に次の客が列を作っている。
×     ×     ×
雄一、ベンチに座り、一服している。
隣にちょっと距離を空けて台地がいる。
カップルが席に付き、台地、席をずら
し、雄一と密接する。
雄一、台地の体温が腕から伝わりドキ
ッとする。
と、そのカップル、映画批評をしだす。
雄一、居心地が悪いが我慢する。
台地、雄一を窺う。
雄一も照れくさそうに微笑む。
左手の別のカップル、女が男にべった
りくっつき、二人して、イチャイチャ
しだす。
雄一、一瞬、鬱陶しそうに顔を強張ら
せる。
台地、そんな雄一を窺う。
雄一、気が付かないで煙草を灰皿にも
み消し、
雄一「行こっか」
台地「んん…」

○ 大学・トイレ
小窓から夕日が射し込む。
テストを終えた森、小便を終え、洗面所で手を洗い、その手をジーパンで拭いながら髪型を整える。
と、森、鏡に映った自分をしばらく見つめてそのまま後ろに2・3歩下る。
そして、背筋を伸ばし一呼吸して鏡を見据え、ダンスの振りを踊りだす。

森「ワンエン…ツゥエン…スリーエンドフォ
…ファイバンシックス…セーブンエイ…」

○ 新宿・繁華街
人混みの中を歩いている雄一と台地。
と、台地、誰かとすれ違い様に肩をぶ
つけられ、態勢を崩す。
が、雄一、台地の手をひっぱる。
前を見据える雄一、その背に続く台地。

○ 喫茶店
賑やかな店内。
雄一・台地、テーブルを挟み向かい合って座っている。
台地、ジュースに口をつける。

雄一「何それ」
台地「リンゴジュース」
雄一「濁ってるやつと透明なやつ…どっちが
好き?」
台地「濁っている方……」
雄一「(笑)オレも、濃いって感じすんもんね
…それどう?」
台地「(カップを開ける)透明(笑)」
雄一「(笑)」
二人の間に和やかな空気が流れていく。
×     ×     ×
雄一、何気なく入口の自動ドアに目を
やる。
雄一、ドアを縁どる鏡部分に台地が映
ってるのに気が付く。
台地も雄一の視線に気が付く。
鏡越しに目を合わせる二人。
だが、客が入店した為、ドアが開き、
台地の顔が引き裂かれる。
それを機に二人の空気、何か変わる。
それを察し、雄一、何かを恐れる。

雄一「今度さぁ…水族館でも行く?」
台地「(微笑)……」
雄一「(笑)別に何処でもいいよ…オレあん
まし…デートとか得意じゃないからさぁ」
台地「(微笑)……」

何かが変わった事を台地も感づく。
と、台地、鞄から煙草を取り出して、
それを雄一にかざす。

雄一「ん?」

白いフィルターをみっしり詰まらせた
台地の煙草、いや一本だけ逆さに葉っ
ぱの方を向け、収まっている。

台地「(その一本を雄一に捧げ)これ知って
る?……この煙草を…最後まで灰を落とさ
ないで吸ったら…願いがかなうの…」
雄一「(笑)願い?そんなんあんだ……え?
吸っていいの?…あコレあれじゃない?」
台地「(笑って頷く)……」
雄一、受け取る。
雄一「コレ吸うんスか?(笑)……吸わない
でこうやって立ててもいいの?」
台地「(微笑)」
雄一、煙草に火をつける。
雄一、煙草を縦に固定させ、首を傾げ
ながら吸う。
台地「(微笑)……」
雄一「(笑)まだまだじゃん…」
台地「(微笑)……」

雄一、首を戻した際、台地と目を合わ
せる。
その時、笑っている雄一の顔に影がさ
す。
台地、そんな雄一を見て取り、だけど
気が付かれないように平然を装い、微
笑みながらテーブルに目を落とす。
×     ×     ×
芯を短くする煙草。
×     ×     ×
何かに思いつめた雄一の顔。
×     ×     ×
台地、テーブルに目を落としている。
×     ×     ×
芯を睨む雄一。
もうそこには据わった目はない。
×     ×     ×
煙草の芯、長くなった灰を繋ぎとめら
れずに………
と同時に…
雄一の声「(生きたい!)」

灰、灰皿を避け、テーブルに落ちる。
×     ×     ×
雄一、テーブルを睨む。
台地、微笑みながらテーブルに目を落
としている。

○ 同 (時間経過)
客がまばら店内。
雄一一人、うなだれて座っている。
×     ×     ×
机上に銀行名が印刷された封筒がある。

○ 雄一の家・玄関
薄暗い玄関。
すぐ脇にある洗濯機の上のカゴには未洗いの洗濯モノが山のようにある。
奥の方から、TVが漏れて聞えてくる。

○ 同・ダイニング
父、テーブルに座り、つまらなそう
にプロ野球を見ている。
と、肘の下にある新聞を何気なく織り
だし、懸命になって兜を作る。
それを被って、電子レンジを真顔で覗
きこみ、被り具合を確かめ、
父「かっとばせ~お・ち・あ・い!…え?落
合?分かってねぇな~もう引退してるよ落
合は(笑)あれは…え?違うよ江夏は投手
だよ~女はこれだから困るんだよ(笑)」

○ 黒味
誰かかがヒットを打ち、歓声があがる。

父の声「お!いけいけ!(舌打ち)何だよ審
判…よく見ろよ~今のセーフだろ…あ、回
すなよぉ~イイトコなんだから…」

○ TV (アニメーション)
お茶の水博士が女の子に黒板を使って
何かを教えている。

博士「……医療も進んでおるし、医者やボラ
ンティアによるカウンセリングを行なって
おるから、一人で抱え込まなくたっていい
んじゃよ」

黒板に老若男女がにこやかに肩を組ん
でいるイラストが現れる。
女の子「ふーん、でも社会生活を送る上でプ
ライバシーは守られるの?…」
博士「大丈夫じゃよ………」

○ 保健所
純白な壁のこじんまりした個室。
中央に置かれたソファーに医者が座り、
その向かい側に雄一が腕を膝の上に置
いて座っている。
目の前の医者、机の脇のバインダーか
らファイルを取り出し、しばらくそれ
に目を通していて、なかなか雄一の方
を向かない。
そして、今雄一に気が付いたように、

医者「えーと……ああ110732番…森さ
ん…ん~と……あ…コレね…ココ見てね」

雄一、医者が指差すファイルに目を落
とす。

医者「ココね……あ、ちょっと待ってね……
あ見ないでね…」

医者、ファイルをそのままにしてバイ
ンダーからプライバシー防止用の真ん
中にちょうどファイル1行分の穴が
横に切り抜かれた厚紙を取り出て、フ
ァルに充て、雄一が持ってきた控えと
見合わせて雄一の検査結果が書かれた
行をもう一度探す。

医者「え~と……どれだっけ………」
医者の持つ厚紙がファイルの上をスラ
イドするたび、他の人の検査結果が
+・-と丸見えになる。

雄一「(溜息)……」
医者「…あ、あったあった…はいコレね…」
雄一、厚紙の穴から覗ける行を見る。
医者「いいですね……マイナスですね……」
医者、雄一の返事を聞く前にファイル
を閉じ、
医者「じゃあコレね……」
医者、机の上に山積みに置かれている
「HIV感染防止マニュアル」の冊子
を雄一に渡す。
医者「じゃああっちの部屋でアンケート書い
てくださいね…」

医者、それだけ言うとファイルの整理
に勤しむ。

○ 新宿・南口
雄一、駅ビルにもたれ携帯電話に目を
落としている。
そして、ふと迷って誰かにかける。
呼び出し音、くぐもって響き渡り、

電話「…090の××××の○○○○のバンゴ
ウハオキャクサマノゴツゴウニヨリ…ゲン
ザイツカワレテオリマセン…モウイチドバ
ンゴウヲタシカメニナッテ……090の」

再度かけ直すが同じ。
雄一、諦めた顔つきで電話をしまい、
何処かへ向かう。

○ 台地のアパート・廊下
雄一、アパートの廊下を歩いている。
×     ×     ×
雄一、台地の部屋の前に立ち、呼び
鈴を押す、が沈黙。
雄一、再度押す、が沈黙。
×     ×     ×
郵便受け口、チラシで詰まっている。
住居人プレートがない。

○ 同・管理人室
半開きのドア越しに雄一、管理人と話
している。

管理人「え~203…203…え~(苦笑)
どちらさんでしたっけ……」
雄一「どちらって……!(台地の名前を知ら
ない自分に始めて気が付く)」
管理人「あそうそう……松本さん…そうだよ
松本さんだよ…松本さんねぇ……(奥へ向
かい)おい母ちゃん!…あの…203の松
本さんさぁ…(雄一に)ちょっ待ってて…
なぁ母ちゃん!…(部屋の奥に行く)」

雄一、ドアを手で支えているが、その
まま踵を返してしまう。

○ まんが喫茶
雄一、パソコン画面を凝視している。
×     ×     ×
画面、「受信トレイ 0」と表示。
×     ×     ×
雄一、Eメールを作成する。
が、その手を止める。
×     ×     ×
新宿地下街 (回想)
雄一、誰かを脇に連れて歩いている。
と、雄一、手ごろな喫茶店を指差し、
隣りに同調を求める。
が、隣りには誰もいない。
×     ×     ×
モニターを茫然と見つめる雄一。
×     ×     ×
新宿駅前広場 (回想)
雄一、誰かと囲いに腰を降ろす。
人々が行き交っている隅で乞食が気持
ちよさそうに悠然と一服している。
雄一、苦笑して隣りに目線を投げる。
だけど隣りには誰もいない。
×     ×     ×
キーボードに目を落とす雄一。
×     ×     ×
ラブホテル (回想)
雄一、ベッドに腰掛けうなだれる。
ソファで誰かが背を向け帰り支度をし、
何も言わずに出口に向かう。
と、振りかえり……が、顔がない。
×     ×     ×
雄一、台地の顔も覚えていない自分に
気が付き、唖然とする。

○ 新宿・南口
雄一、塀にもたれ鉄橋下を見下ろす。
×     ×     ×
鉄橋の下を無数の電線・線路が敷きつ
められている。
×     ×     ×
と突然、携帯電話が振動する。
雄一、驚き、発信先を見る!
が、雄一、肩を撫で下ろし、ふと考え
受信する事にする。
雄一「はい……ああ分かるよ……え?別に…
あ?…いねえよ…おまえは?……んん……
え?…今から……………」
×     ×     ×
雄一の背を人々が通り過ぎて行く。
その中に台地?が歩いている。
×     ×     ×
雄一「…別に……何もねぇけど……ああいい
よ…お前んトコ?…ああ分かった…」

雄一、電話を切り、鉄橋下に目を落と
し、自嘲的な笑みをこぼす。
と急に、雄一、ハッと後ろを振り向く。
×     ×     ×
駅前を無数の人々が通り過ぎていく。
×     ×     ×
人混みに目線を投げかけ、迷子のよう
に茫然と立ち尽くす雄一。
すぐ脇で、乞食が寝ている。
と、雄一、乞食に目を移す。
乞食、死んでるように寝ている。
その脇を無数の足が通り過ぎて行く。
雄一、乞食に近寄る。

雄一「(しゃがんで)なぁ…おっちゃん(笑)」
乞食、一向に寝ている。
雄一、乱暴に乞食の肩を揺すり、
雄一「(笑)おっちゃん……なぁ…」
乞食、鬱陶しそうそうに目を覚まし、
雄一を見上げる。
乞食「……」
雄一「(笑)オレさぁ…嫌になっちゃった」
乞食「?」
雄一「(笑)何かさぁ~生きたくなくなっちゃ
った」
乞食「(無視して寝だす)」
雄一「……」
雄一、立ち上がり、人々に目を投げる。
通行人に向かって、若い男(男5)が
ピンクチラシを配っている。
雄一、その男(男5)に目を移す。
男5、チラシを配るがことごとく無視
される。雄一、男5に近寄り、

雄一「(笑)なぁ…」

男5、振り向き、雄一を一瞥してチラシを渡し、また通行人に向かう。
雄一、チラシを一瞥し、ポケットに突っ込む。

雄一「なぁ…」
男5「(気が付かない)」
雄一「なぁ!」
男5、振り向き、雄一を見る。
男5「あ?」
雄一「(笑)オレさぁ…死にたくなっちゃった」
男5「はぁ?」
雄一「(笑)何かさぁ…はじかれちゃって…死
にたくなっちゃったよ」
男5「(溜息)あのな…死にたきゃよ…勝手に
死ねよ…こっちは忙しいんだよ!バカヤロウ!」
男5、それだけ言うと、また通行人に
向かってチラシを配り始める。
雄一「……」
男5「…お願いします…お願いします…」
雄一「………(笑)そうだよな、そうだよ…
みんな好き勝手生きてるもんな…俺だって
勝手に死んじゃっていいよな」

雄一、嬉しそうな顔で肩にある鞄を胸元に引き寄せ、中から拳銃を取り出す。
そして、それに目を落とす。
男5、ふと振り向き、雄一の持つ拳銃を見て驚く。
雄一、ニヤつきながら拳銃をこめかみにあてる。

男5「お、おい……」
雄一「(笑っている)」

その脇を人々が通り過ぎて行く。
何人かが通り過ぎ様、雄一を一瞥する
がさほど興味を示さない。
そして雄一の指、撃鉄を引く。
×     ×     ×
喫茶店(フラッシュ)
台地の背、出口に向かう。
自動ドアの縁に台地が映るが、表情が
読み取れる前にドアが開いてしまう。
×     ×     ×
雄一、男5の顔の奥を焦点の合わない
目でぼんやり見ている。
と、雄一の人差し指、トリガーをゆっ
くり引き始め、遊び部分がぶれる。
×     ×     ×
喫茶店(フラッシュ)
開ききったドアの前に立つ台地の背、
外に出ないでゆっくりと振りかえり、
こちらに微笑みかける。
×     ×     ×
雄一の目、焦点が合い、瞳孔が固まる。
が、トリガーを引ききる雄一の指。
しかし、撃鉄、カチャンと乾いた音を
打つ。
×     ×     ×
見つめあう雄一と男5。
雄一、力が抜け、拳銃の重みに耐えな
れなくなったように腕をダラリと下げ、
茫然と立ち尽くす。
×     ×     ×
人々が通り過ぎて行く。

○ 同 (俯瞰)
薄い雲に覆われた普段と変わらない新宿駅南口。
無数の車が轟音を上げ、走り去る。
その両脇の歩道には人々が行き交う。
クラクションやタイヤの擦れる音、街宣カー、バーゲンの呼びかけ、そしてそれらに人々のざわめきが覆い被って交じり合い、その何処かで携帯電話の着信が響き渡る。