TRP(東京レインボーパレード)

最近、ゲイパレードへの垣根が下がってる気がする。
知人からよく「TRP行った?」などと聞かれたりする。昔はパレードに参加するのは限られた一部のゲイだった気がした。(未だ参加した事はないが)


LGBT層に向けた商業ターゲットが後押ししているいうニュアンスがあるが、
肌感触としてゲイソサエティの中で自分のセクシャリティを許容できる人が増えてきている気がする。

ここで毎回議論で『公道で性的なシンボルを彷彿させる必要があるのか?』という声が聞こえてくる。

賛成の声としては、
身体を誇示する事に恥じ入る事はないだろう、リオのカーニバルや日本各地の裸祭りという事例があるのだから、目くじら立てる必要もないだろうという声が多い。

自分の今の立場はパレードはありだと思う。

子供への教育を出汁にして嫌悪感を露わにする在り方は卑怯だ。
パレードが行われる事で自分の人生にどれだけ損失があるのか?

もちろん受け入れろとも言わないし参加すべきとも思わない。
ゲイであってもなくても自分の好きな事をやればいいし、自分のスタイルで生きていけばいいと思う。

保守系政党はLGBTの社会的婚姻に及び腰だ。
彼らはLGBTをXVIDEOのカテゴリー的な性嗜好としては容認しますよ、って言う考えなのだろうか?

かといって、旧民主党、社会党上がりの活動家まがいな野党を支持する気にもなれない。

ただTRPの場が色物のプレゼン会場と化して本来の意義が霞んで見えてくる。
例えば女性の社会的権利を主張する場で、AV女優のサイン会が行われていたら、違和感を抱かないか?

AV女優が社会的・職業的に低いといった議論ではない。

目的が霞んでくると言った事だ。

楽しければいいじゃんと言った感覚も大事であるが、そういうのは無数にある夜のイベントで楽しめばいい。
LGBTの要求するところが、結局はXVIDEOのカテゴライズでもいいと言った事を自ら自認しているようにも思えてくる。

ただ自分もそうだったが、ホモフォビアな自分自身が『性の謳歌』に対する嫉妬・嫌悪感をTRPを含めたゲイカルチャーに投影している気持ちもあり、参加どころか認めたくもないというゲイも多いと思う。
最近、母親にもカミングアウトし自分の性自認を改めて受け入れたが、それまでのプロセスを考えればやすやす「普段はノンケ生活」なゲイにパレードは受け入れがたいものだろう。

まだまだ僕のTRPの参加には時間がかかるのかもしれない。


(参考文献)